腎機能をより正確に評価する補正式の作成 (記者発表)
大阪市立大学大学院医学研究科の石村 栄治准教授、津田 昌宏医師らのグループは、糖尿病性腎症における腎機能をより正確に評価できる推算式を開発しました。これにより、糖尿病における合併症の代表格である腎機能障害を、より正確に評価することができるようになります。その結果、患者さんだけでなく医療従事者の糖尿病性腎症の予防に対する意識を高め、早期診断、早期治療が可能となります。
本研究の成果は米国糖尿病学会雑誌「Diabetes Care」誌の電子版に10月15日に論文が掲載されました。
研究の背景
現在、日本では30万人超の患者が人工透析を受けており、うち37%は糖尿病が原因とされています。糖尿病患者は、「強く疑われる人」「可能性を否定できない人」を含め約2,210万人以上いると推定されており、早期診断?早期治療が重要とされています。
臨床現場において、腎機能の評価は推算糸球体濾過率(eGFR)が用いられていますが、糖尿病性腎症では、実際の腎機能より高い値がでてしまい、腎機能の正確な評価が難しいのが実情です。そのため正確な診断ができず、診断?予防の遅れを招き、不適切な投薬?検査時に透析導入の遅れに繋がります。しかし糖尿病におけるeGFRの正確性が欠ける原因はわかっていませんでした。
研究の内容
腎機能の評価指標である糸球体濾過率(GFR)を、そのゴールドスタンダードの測定法であるイヌリンクリアランス(Cin)で測定し、糖尿病性腎症におけるeGFR測定における誤差が出る要因を検討しました。
血糖コントロールが悪い(ヘモグロビンA1C(HbA1C)の値が高値である)ほど、eGFRがCinと比較して大きくなり、誤差が生じることが判明しました。誤差の原因として、高血糖状態における尿細管機能障害が引き起こされている可能性が判明しました。
以上より、eGFRの正確度を上げるため、HbA1Cで補正する式を新規作成しました。
現在使われている計算式(eGFR): 194 ×?Age -0.287 × Cr -1.094 × 0.739(if female)
今回、新しく作成した補正式(eGFR):Cin = eGFR /(0.428 + 0.085 * Hemoglobin A1C)
期待される効果
- 開業医レベルで測定可能な項目で、糖尿病性腎症における腎機能評価をより適正に行えるようになり、早期発見?早期診断が可能になります。そのことで、患者さんのみならず、医療従事者も糖尿病腎症に対する意識を高め、適切な治療?検査ならびに予防を行うことができるようになります。
- 糖尿病薬を含む多くの薬剤は、腎機能に応じた投薬(通常減量)が必要ですが、腎機能が正確に評価できることで、適切な投薬加療が可能になり、無用な低血糖、薬の副作用などの防止ができるだけでなく、心血管疾患の発症や造影剤腎症に対して、より適切な予防(危機管理)が可能になります。
- 糖尿病薬により血糖コントロールは良くなりますが、一見腎機能が悪化したように評価される患者さんがまれならず見られます。通常、薬の副作用によるものと判断されていましたが、今回の補正式で血糖コントロール状態と関係なく、腎機能を正確に評価できることとなります。
- 以上に上げた、早期診断?早期治療、それらによる腎機能障害の予防効果に加え、適切な投薬?検査?治療、さらに合併症発症の危機管理により、末期腎不全への移行を減らす、もしくは透析導入時期を延ばすことも期待でき、患者さんのQOL(生活の質)を改善し、医療経済にも効果があると考えられます。
- 糖尿病性腎症では、現在の透析導入の診断基準を満たす前に透析導入をせざるを得ない患者さんが増えていますが、この新しい計算式により、より適切な時期に透析導入ができるようになります。
今後の展開について
- 糖尿病治療薬の適正使用の指針を作成する。
- 新しい計算式を用いて、これまで報告されている腎機能(eGFR)の低下による他の合併症(心血管イベントなど)への影響の再評価を行う。
- 糖尿病性腎症における、造影剤腎症の危険性の再検討を行う。
- 正確な腎機能評価にもとづく適切な透析導入基準の作成を行う。
用語解説
- 糖尿病性腎症:糖尿病の三大合併症の一つです。糖尿病により血糖が高い状態が続くと、全身の血管が障害を受けます。腎臓は糸球体という血液を濾過して、ゴミを体外に排泄する細い血管の集まりなので、糖尿病の影響を強くうけます。糖尿病の影響で、腎臓が障害を受けた状態をいいます。
- 糸球体濾過率(GFR):腎機能の指標になります。腎臓の糸球体という場所でごみを排泄しています。腎臓がどれくらいの割合でごみを排泄できるかの指標になり、腎機能の指標になります。
- イヌリンクリアランス(Cin):GFR測定のゴールドスタンダードです。イヌリンという物質を注射して、どれくらいのスピードで糸球体から排泄されるかをみることで、GFRを厳密に測定することができます。
- 推算糸球体濾過率(eGFR):イヌリンクリアランスを測定するためには、原則入院が必要であり、手間暇かかります。そこで、一回の採血のみでGFRを推算できるように作られた計算式です。一般的にはクレアチニンと年齢、性別から算出されます。
- ヘモグロビンA1C(HbA1C):最近2-3か月の血糖コントロールの指標になります。
- 末期腎不全:腎機能が極端に悪化し、透析加療を行わなければ、生命に危険が及ぶ状態です。
※この研究発表は下記のメディアで紹介されました
朝日新聞(夕刊)?大阪日日新聞?神戸新聞NEXT(配信) 他
研究内容に関するお問合せ先
大阪市立大学大学院医学研究科 腎臓病態内科学講座
准教授 石村 栄治
電話 : 06-6645-3806
E-mail :ishmed.osaka-cu.ac.jp