なぜヒトは眠るのか? 睡眠中に行われている脳のリセット 神経細胞が脳領域ごとに活動にブレーキをかけていることが判明
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本研究のポイント
◇ 睡眠時における脳のリセットに伴う神経細胞の変化が明らかに。
◇「なぜヒトは眠るのか」という睡眠の謎の一端を紐解く成果!
◇ 新たに開発した統計手法DIを用いた精度の高い解析結果。
概要
大阪市立大学大学院医学研究科 神経生理学の宮脇寛行(みやわき ひろゆき)助教らの研究グループは、睡眠における脳活動のリセットにはどのような神経活動が行われているかを明らかにしました。睡眠不足に陥ると記憶力や、運動制御能力、判断力などの高次機能が低下することから、睡眠には脳の活動をリセットする働きがあるのではないかと考えられていました。睡眠が進むにつれ神経細胞の活動は低下することは知られていましたが、具体的にどのように神経活動が低下するのかは解明されていませんでした。
そこで宮脇助教らの研究グループは、ラットを用いて記憶中枢の「海馬」と高次機能中枢の「大脳」の睡眠における神経細胞の活動を、新たに開発した統計手法DIを用いて解析しました。その結果、神経細胞の活動低下は、海馬では活動度の低い細胞で大きく、大脳では活動度の高い細胞で大きくなっていることが明らかになりました。この結果は、睡眠には脳領域に応じて神経細胞の活動にブレーキをかけ、記憶力などの多様な脳機能を正常に保つ働きがあることを示唆しています。本研究成果は日本時間2019年1月24日(木)19時(イギリス時間1月24日午前10時)に国際学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
■掲載誌情報
発表雑誌:Scientific Reports(IF=4.122)
論文名:Neuronal firing rates diverge during REM and homogenize during non-REM.
著者:Hiroyuki Miyawaki1,2, Brendon O. Watson3, Kamran Diba1,4
1 Department of Psychology, University of Wisconsin-Milwaukee (ウィスコンシン大学ミルウォーキー校心理学部)、 2 Department of Physiology, Graduate School of Medicine, Osaka City University(大阪市立大学大学院医学研究科)、 3 Department of Psychiatry, University of Michigan Medical School(ミシガン大学医学大学院精神科)、4 Department of Anesthesiology, University of Michigan Medical School(ミシガン大学医学大学院麻酔科)
掲載URL:www.nature.com/articles/s41598-018-36710-8
??研究者からのひとこと
脳では、すぐ隣にある細胞が全く違う活動をしているのに、全体では一つにまとまり精緻な機能を実現しています。睡眠を軸とした今回の研究で、脳の部分と全体の織り成す妙がまた一つ明らかになりました。
研究の背景
哺乳類の睡眠ではレム(REM: Rapid Eye Movement)睡眠とノンレム睡眠という2種類の睡眠状態が繰り返しみられ、それぞれで異なる脳神経活動が見られます。近年、レム睡眠とノンレム睡眠がそれぞれ、脳神経系の活動に大きな影響を与えることが明らかにされてきました。しかし、神経細胞の発火活動は同じ神経細胞種であっても細胞間で100倍以上ものばらつきがあり、活動の高い細胞と低い細胞が同じ制御を受けているか否かは明らかではありませんでした。また脳はさまざまな領域に分かれていますが、睡眠による神経活動の制御が脳領域の間でどのように異なるのかは明確ではありませんでした。
研究内容
ある集団を計測値に基づいて分割し変化を比較すると、実際には群間に差は存在しない場合でも差があるように見えることがあります。これは「平均への回帰」とよばれる統計学的な現象ですが、この現象を無視して誤った結論を出している論文は今でも散見されます。本研究ではまず、平均への回帰による効果を補正し、意味のある変化を検出するための新たな統計的手法としてDI (Deflection Index)という指標を開発しました。
次にDIを用い、自由に行動?睡眠しているラットの海馬CA1領域ならびに大脳前頭皮質から、超微小シリコン多点電極を用いて記録された多数の神経細胞の活動を解析しました。その結果、海馬ではレム睡眠の間に神経発火は抑制され、その抑制は活動の低い細胞でより顕著にみられることが明らかとなりました。一方、大脳ではレム睡眠の間に神経発火の亢進がみられ、発火活動の高い細胞でより強く亢進されることが判明しました。これらの結果は、海馬と大脳ではレム睡眠による抑制?亢進という差はあるものの、神経細胞間の活動のばらつきは大きくなる、という方向の変化がみられることを示しています。対照的に、ノンレム睡眠の間には活動のばらつきが小さくなる変化が海馬?大脳の両方でみられました。
1回の睡眠では、ノンレム睡眠とレム睡眠が交互に数回現れます。そこで次に、数回のノンレム睡眠とレム睡眠を含む睡眠全体を通して見られる変化について解析しました。その結果、海馬と大脳のいずれにおいても、全体として神経細胞の発火活動は睡眠によって徐々に減弱するというこれまでの研究結果と合致する結果を得ました。さらに神経細胞間の活動変化の違いに注目すると、海馬では活動の低い細胞での減弱がより顕著にみられるのに対し、大脳では活動の高い細胞の活動低下がより顕著にみられました。(下図)
これらの結果は睡眠による脳神経細胞の活動制御が、神経細胞の活動状態と脳領域によって異なることを示しています。これらの差は、それぞれの脳が担う機能に応じて適した神経活動のばらつきが異なり、睡眠によってそれぞれの脳領域が最適な状態にリセットされている可能性を示唆しています。
期待される効果
本研究では、睡眠によって「大脳」「海馬」がそれぞれ異なる制御を受けていることが明らかになりました。近年、それぞれの脳領域の機能は急速に解明が進んでいます。そのような知見と本研究の結果を総合して研究を進めることで、睡眠が持つ機能的意義の全容解明が期待されます。睡眠の機能を理解することで、睡眠異常がどのような脳機能障害をもたらすかを予測することが可能となり、ひいては、不眠症などをはじめとする睡眠障害の予防や早期治療に役立つと期待されます。
資金情報
本研究は、科学研究費補助金(課題番号 17K14937)、加藤記念バイオサイエンス振興財団研究助成、米国国立衛生研究所(課題番号K08 MH107662 、R01 MH109170)の資金援助を得て実施されました。