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有機化合物初の5価陽イオン?芳香族最小の4価陽イオンの生成~フェムト秒レーザーの活用によって~

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 大阪市立大学大学院理学研究科 前期博士課程修了生 北庄司 暉浩(きたしょうじ あきひろ)、八ッ橋 知幸(やつはし ともゆき)教授の研究チームは、芳香族フッ素化合物にフェムト秒レーザーを照射することで、有機化合物では初となる5価陽イオンを生成することに成功しました(成果1)。 また、同研究チームと大阪府立大学の藤原 亮正(ふじはら あきまさ)准教授との共同研究により、芳香族化合物では最も小さい4価陽イオンを生成することにも成功しました(成果2)。 フェムト秒レーザーを用いることで、有機化合物陽イオンの価数の最大値を49年ぶりに更新および 芳香族4価陽イオンについても分子サイズの最小値を34年ぶりに更新しました。

 成果1は、2019年10月1日(火)発行のElsevier社 物理化学専門誌 Chemical Physicsに掲載されました。成果2は、2019年10月2日(水)に日本化学会の速報誌 Chemistry Lettersに著者最終稿がオンライン掲載されます。

?成果1
【雑 誌 名】Chemical Physics
【論 文 名】Definitive production of intact organic pentacation radical:?
     ? Octafluoronaphthalene ionized in intense femtosecond laser
     ? fields「有機化合物5価陽イオンの確実な生成:高強度フェムト秒※
? ? ? ? ? ? ? ? ?レーザーによるオクタフルオロナフタレンのイオン化」?
【著  者】Akihiro Kitashoji, Tomoyuki Yatsuhashi*?
【掲載URL】https://doi.org/10.1016/j.chemphys.2019.110465

?成果2
【雑 誌 名】Chemistry Letters
【論 文 名】The Smallest Aromatic Tetracation Produced in Gas Phase by
? ? ? ? ? ? ? ? ?Intense Femtosecond Laser Pulses「高強度フェムト秒※レーザー
? ? ? ? ? ? ? ? ?による最小の芳香族4価陽イオンの生成」
【著  者】Akihiro Kitashoji, Akimasa Fujihara, Taiki Yoshikawa,?
? ? ? ? ? ? ? ? ? Tomoyuki Yatsuhashi*
【掲載URL】https://www.journal.csj.jp/doi/10.1246/cl.190667
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ※ フェムト秒 = 10?15?秒

研究の背景

 原子や分子から複数の電子を取り去ると、多価陽イオン(正の電荷が複数ある状態)が生じます。多価陽イオンを加速器で光速近くまで加速し、体内の病巣に狙いを絞って照射する重粒子線がん治療施設が現在、日本各地で稼働しています。1イオンの価数が大きいほど効率よく加速できるため、炭素原子の4価陽イオンなどが治療に用いられています。一方、分子の多価陽イオンは正電荷同士の反発のため極めて不安定で瞬時に解離することが知られており、この現象は“クーロン爆発”と呼ばれています。2我々は様々な分子の構造や変形とクーロン爆発の関係を研究してきました。現在では、X線自由電子レーザーや極端紫外光のアト秒(= 10?18 秒)パルス照射で生じるクーロン爆発を用いて、分子構造の決定や化学反応の追跡などが世界中で盛んに行われています。
 一方『分子から何個の電子を取り去っても安定に存在しうるのか』という根源的な問題にはまだ答えが出ていません。多価陽イオンは大きな内部エネルギーをもち、電子を極めて受け取りやすい活性な化学種です。もし、分子の多価陽イオンを発生させることができ、かつ単独で反応することなく十分な寿命をもつならば、重粒子線源としての可能性も考えられます。さらに、化学反応の観点からは価数に依存した反応が期待できるため新奇な化学種であり、エネルギーの近接する電子状態が複数存在するため、理論研究においても挑戦的な対象です。

 これまでに報告された最も大きい価数の分子は12価のフラーレン3ですが、有機化合物の多価陽イオンについては4価までしか観測されていませんでした。また、これまでに見いだされた有機化合物の4価陽イオンは、我々の発見した6種を含めてわずか14種にすぎません。1970年に初めて発見された有機化合物の4価陽イオンは46原子からなる大型の芳香族化合物オバレンでした(図1左)。1985年には約半分の24原子からなるアントラセンの4価陽イオンが報告されました(図1中)。しかし、電子イオン化4によって生成するアントラセン4価イオンは、3価に比べて100万分の7程度の量でしかありませんでした。51985年の報告から四半世紀を経た2010年に、我々はフェムト秒レーザーを用いることで芳香族4価陽イオンの生成を劇的に増大(3価の20%程度)できることを見出しました。6ただし、4価より大きい価数の陽イオンの存在が認められなかったこと、アントラセンよりも大きなサイズの芳香族化合物であったこと、そして4価陽イオンの寿命が不明であったことから、私たちの研究チームは4価より大きな価数の陽イオンの探索、理論計算による検証が容易な小さいサイズの多価陽イオンの探索、そして化学反応に用いる際に重要となる多価陽イオンの寿命測定に取り組みました。

?参考)価数の最高記録
有機化合物: 5価 C10F85+(大阪市立大学、本研究)
無機化合物:12価 C6012+(National Research Council Canada、2003年)
3金属化合物: 4価 NbHe4+、AuNe4+(The Pennsylvania State University、 1970年)

参考)最小の4価分子
4原子:C2I24+(有機化合物、大阪市立大学、2011年)7
12原子:C6F64+(芳香族化合物、大阪市立大学、本研究)

1??2018年10月から大阪重粒子線センターでの治療が始まりました。
   https://www.osaka-himak.or.jp/
2??https://doi.org/10.1016/j.jphotochemrev.2017.12.001
  (Multiple ionization and Coulomb explosion of molecules,
   molecular complexes, clusters and solid surface)
3??https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.91.203004
? ? ?(Internal Laser-Induced Dipole Force at Work in C60 Molecule)
4 加速した電子を衝突させてイオンを生成する方法。
5 https://doi.org/10.1002/oms.1210200605
? ? (Multiple Ionization, Charge Separation and Charge Stripping Reactions
? ? ?Involving Polycyclic Aromatic Compounds)
6 https://doi.org/10.1021/jp103725s
? ? (Formation and Fragmentation of Quadruply Charged Molecular Ions by
? ? ?Intense Femtosecond Laser Pulses)
7 https://doi.org/10.1002/cphc.201000756
? ? (Persistence of Iodines and Deformation of Molecular Structure in Highly
? ? ?Charged Diiodoacetylene: Anisotropic Carbon Ion Emission)
? ? ? ? https://doi.org/10.1002/cphc.201600555
? ? (Intact Four-atom Organic Tetracation Stabilized by Charge Localization
? ? ? in the Gas Phase)

研究の内容

 今回、芳香族フッ素化合物にフェムト秒レーザー(図2上)8を照射することで、有機化合物では初となる5価陽イオン(オクタフルオロナフタレン、C10F8)ならびに芳香族化合物では最も小さい4価陽イオン(図1右、ヘキサフルオロベンゼン、C6F6)を生成することに成功しました。これらのイオンの検出には飛行時間型質量分析計(図2下)を用い、イオンの飛行時間からイオンのm/z※9を決定しました。さらに、同位体ピーク10の面積比から元素組成を決定しました。このような多価陽イオンを生成することができた理由として、フェムト秒レーザーを用いるトンネルイオン化※11によって生じるイオンが余剰なエネルギーをもたないこと、プロトン※12として容易に脱離する水素原子をフッ素原子で置換したことが挙げられます。今回、フェムト秒レーザーを用いることで有機化合物陽イオンの価数の最大値を49年ぶりに更新することができました。また、芳香族4価陽イオンについても分子サイズの最小値を34年ぶりに更新しました(図1)。

 その一方で、リフレクトロン※13を用いて、5価オクタフルオロナフタレンと4価ヘキサフルオロベンゼンの寿命の下限値をそれぞれ11および9マイクロ秒※14と見積もりました。ヘキサフルオロベンゼンについては、高速イオン選別器※15を用いて価数別にイオンを選別し、解離で生じる生成物をリフレクトロンによって分離する事で価数ごとの反応の観測を試みました。しかしながら、検出感度を限界まで上げても生成物は観測されませんでした。多価陽イオンが単独では極めて安定であることが明らかになりましたので、これまで未知であった多価陽イオンの物性や反応の研究が可能であるといえます。また、多価陽イオンのサイズが十分に小さくなったため理論研究にも取り組みやくなったといえます。これらの課題については、引き続き研究を進めていくつもりです。

8?本研究で用いたものは40フェムト(百兆分の4)秒だけ発光できるパルスレーザー。
9?イオンの質量を統一原子質量単位で割り,さらにイオンの電荷数で割って得られる無次元量。
10?飛行時間型質量分析計を用いる場合、C6F6の4価陽イオンと解離によって質量が半分になったC3F3の2価陽イオンは同一の飛行時間となるため区別できない。
ただし、炭素には質量数12と13の2つの安定同位体があり、C6F6とC3F3の炭素同位体に由来するピークの飛行時間が異なるためC6F6とC3F3を区別可能である。
 また、自然界に存在する質量数13の炭素の比率は1.07%である。そのため全て質量数12の炭素を含む分子に比べて、質量数13の炭素を含むC6F6とC3F3の存在比は6.5%と3.2%
  である。本研究では同位体を含むイオンの飛行時間とピークの面積比を計算で予想
  される値と比較することでC6F6の4価陽イオンが生じたことを明確に示した。
  C10F8の5価陽イオンについても同様の手法でその存在を確実なものとした。?
11??レーザーの強い電場によって電子が捉えられている原子核のポテンシャルが
  歪められる。その結果、電子は量子力学的なトンネル効果によってポテンシャル
  障壁を透過することができる。トンネルイオン化が連続して起こることで多価陽
  イオンが生じる。
12??水素イオン(H+)のこと。正電荷同士の反発により容易に多価陽イオンから
  脱離する。
13??イオンの飛行する向きを静電場によって反転させることでイオンを再度選別する
? ? ? 装置。
※14??マイクロ秒 = 100万分の1秒
15??1億分の5秒未満の時間差で飛行するイオンを選別できる装置。同位体の異なる多価
  陽イオンを分離できる。設計は藤原 亮正、製作は大阪市立大学大学院理学研究科
  前期博士課程修了生 吉川 太基(よしかわ たいき)、そして性能評価を北庄司
  暉浩が行った。
  https://doi.org/10.1002/cphc.201700802 (Selection of a Single Isotope
  of Multiply Charged Xenon (AXez+, A =128–136, z =1–6) by Using a
  Bradbury–Nielsen Ion Gate)

期待される効果

? 今回の成果は、これまで未踏の化学種であった多価陽イオンの物性や反応研究の実現に大きく寄与すると考えられます。また、重粒子線がん治療では原子の多価陽イオンが現在用いられていますが、分子の多価陽イオンが十分な寿命をもつことが明らかになったため、将来的には分子の多様な反応性を活かした重粒子線源としての活用を期待します。

研究資金

本研究は下記の資金援助を得て実施いたしました。
?科学研究費補助金 新学術領域研究「高次複合光応答」(JP26107002)
?科学技術振興機構 さきがけ「光の利用と物質材料?生命機能」